ブンブク茶の間

SFと恋愛が大好物。恋愛はSFだ。

ある女性と出会うまで(5)後編

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「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」
有名なキャッチコピーがある。

このコピーの美しさは、
「会っていない間に、どれだけ相手のことを考えていたか。」
ということだろう。

人の目に触れる部分だけではなく、
その背景、そこにたどり着くまでの時間や感情の旋律などが結びつかれて
相手に届いた時、美しいという感情になる。

 

 前回はこちら、

tutti2501.hatenablog.com

***

 

そこは、カウンター席が6席と、
奥にテーブル席のあるバーだった。

奥のテーブル席には、酔って機嫌の良くなった男女数人が
大きな声で笑っているようだったが、カウンター席までは距離があるのと、
入り組んだ構造になっているため、ぼくらの方にその喧騒は届かないようになっていた。

ぼくらの他には、カウンターにもう1組。
男女の関係であるとおぼしき2人が、楽しそうに、静かに笑いながら話していた。

正直、我ながら間違いないと思ってしまった。

このバーを予約する時、店員には
「大事なデートなので、必ずカウンター席で。」と伝えていた。

店員は、全てを理解しているようで、
店内に入っても、とても丁寧に案内し、予約したぼく本人にはもちろんだが
彼女に対しての最大限の敬意をあらわしていた。

 

「すごい。素敵なお店だね。ホントに来たことないの?」

 

「うん。来たことはないんだけど、お酒好きな友達から教えてもらって
 ずっと来てみたいとは思ってたんですよね。」

 

ぼくらは、何を頼むなど相談することなく、白ワインのボトルを頼んで、
話をした。

しかし先程の、彼女が他の男性からアプローチされているという話から生まれた
2人に流れる不協和音は無視できず、彼女の口数も、先程から心なしか少なくなっていた。

少しの間、ぼくらは黙り込んでワインに口を付けていた。

 

 

「オリーブ食べますか?私、お腹は空いてないけど何か食べたいな。」

 

と彼女が言うので、
オリーブを1皿頼んだ。

 

それを食べながら、改めてお互いに少しずつ口を開き、
先程のお店の感想などを言い合ったり、普段どれくらいお酒を飲むかなど
他愛のない会話をした。

 

心地いいものの、なんとなく平行線をたどる会話を続けて
このまま時間だけがゆっくりと過ぎていきそうだった。

ぼくはその平行線の角度を変えようと、聞いた。

 

「さっきの話ですけど」

 

それまでより、すこし語気の強いぼくの言葉に
彼女は「さっき」とはどのことを指しているのかすぐに察したようだった。
ゆっくりと顔をあげて、彼女はぼくの顔を見た。

 

「その人のことは、好きなんですか?」

 

回答によっては、ぼくのそれまでを全て否定しかねないものであったため
問い詰めるような言い方になっていたかもしれない。

 

「…いえ。好き、とかではないんです。今は、
 誰が好きとか、今は無いんです。」

 

「人から好きになられること、多いですよね?」

 

これまでのぼくとの会話や、この状況でその質問に「いえ」と謙遜することを
彼女は野暮だと思ったようで

 

「はい。好意を持ってもらうことはありますよ。
 ただ、私が好きかどうかといったら、分からなくて断ってしまうんです。
 だから、簡単に人を好きになることができないですし、すぐに答えが出せないんです。」

 

考えながら、言葉を探しながら話す彼女の話をぼくは黙って聞いていた。

 

「ただ、デートに誘ってもらったりすること自体は嬉しい。
 私も楽しいって感じない人とはもちろん会わない。
 会う回数に関しては、いまは君が一番多い。それは本当。
 でも、他にも会う男の人はいるし、私の中で、
 その中で感情の優劣…みたいなのはない。本当に分からないの。」

 

彼女の言葉は、その時のぼくにはとてもショックな発言であり、
その場、その瞬間を一緒にいる相手に対して発されるにしては、
とても残酷な言葉だった。

ただ、それ以上に、彼女の、彼女自身に対する正直さと、
人に対する平等さは、相手を尊重しているからこそ出た言葉なのかもしれないとも思った。

 

「なんとなく、人のこと、すぐには好きにならなそうだな
 とは思ってましたけど、ここまでとは思いませんでした。」

 

彼女は、グラスの縁を指でなぞりながら苦笑いしていた。

 

「正直、ここまで来たら、普通の男は告白してきたり、
 もういけるって思ってると思いますよ。」

 

続けて

 

「前回のデートの時とか、そのあとのLINEでのやりとりとか、ぼくがいま
 さゆりさんにどんな気持ちを持っているかって、あえて言うことでもないと思うし。
 この場の空気を借りて、勢いで乗り切れるような人でもないと思ってます。」

 

 「ただ、思ってること言ってもいいですか?
 言うというか、どうぞ。これ。ちょっと簡単に手紙書いてきました。
 ぼくは今からトイレに行くので、
 その間に読んでおいてください。」

 

ぼくは彼女に、手紙を渡した。

 

まだ3回目のデートだ。
付き合ってもいない相手から「手紙を渡される」ということが
どれほど気持ちの悪いことか、想像できない訳ではなかった。

 

それでも

 

それでも

 

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 

リスクを取らない事こそが、リスク。

 

ぼくはこのデートを、最高の形で次へつなげるために。

何かが起きたときのために、手紙を準備していた。

 

もちろん。手紙を渡すような雰囲気でなければ、
渡す気など全くなかった。

 

好きでもない人からの好意ほど、気持ち悪いものはない。

 

それでもぼくは、簡素な封筒に仕舞ってある
便箋1枚に収めた思いを渡すことにした。

事実、渡せる空気感でもあった。

 

彼女はとても驚いて、少しだけ頬を緩め

「手紙なんて、付き合っていない人からもらったことない。」

と言った。

 

「まだ会って3回目なので、正直そこまで内容のあるものは書けませんし
 これを読んで、さゆりさんが重たいと感じるほど一方的なものでもないと思います。
 2分あれば読めます。トイレ行ってくるので、その間に読んでください。」

 

手紙を渡し、ぼくは席を外した。

 


"コミュニュケーション"を取るにあたり、
いまの時代は、数多くの手法がある。
メールもあれば、LINEもあり、Skypeや、電話だって。
直接会う以外でコミュニュケーションを取る方法なんていうのはいくらでもあるのだ。

ここまでテクノロジーが発達した現在
コミュニュケーションの取り方が多用になり、
どんな形でも気持ちを伝えられるように進化した。

テクノロジーによって、人との関わり方が大きく変わった。

しかし、ここまでテクノロジーが発達しても変わらないものがある。

 

それは、人間の感情だ。

 

テクノロジーが、究極の合理主義、効率主義の上に立ち続けるものであるとするならば
人間は、どんなにテクノロジーが発達しようと「感情」という土台の上に立ち続ける生き物だ。

どんなに合理的に物事を考えようとも、
感情を動かすのは「テクノロジー」ではなく「ストーリー」だ。

情熱大陸を見て
例えば、好きなスポーツ選手が、
どんな気持ちでそのスポーツに取り組んでいるかを知り、
その選手を応援したくなる、あるいは自分も頑張ろうと、感情を動かされる。

それは、ひとえに「ストーリー」によって、心を突き動かされたからなのだ。

 

そして、個人がその「ストーリー」を伝える手法として、

"手紙"は、とても分かりやすい。

 

手紙とは、下書きや構成、何を伝えようかとうんうんとうなっている時間。

少し押し付けがましい言い方にはなるが、

「会っていない間、あなたの事を考えていました。」

という証明でもある。

それは、個人として個人に送るストーリーだ

 

 

 ぼくは、手紙を渡した達成感と、
その達成感を遥かに上回る後悔に苛まれて、しばらくトイレに篭った。

 

 

少し時間をかけて、席に戻った。

 

 

 席に戻ると、彼女は黙っていた。

 

少し間が空いたので、ぼくも顔をあげ、
改めて彼女の顔見た、

 

彼女は、細く、涙を流していた。

 

…マジか。

 

 

 

「ちょっと、いえホントに、嬉しかったです。
 手紙の答えですけど、…ぜひ、お願いします。」

 

 

そんな言葉が返ってきた。

 

 

時刻は、もう深夜1時になろうとしていた。
お互い、終電の時間を確認することはなかったが、
考えるまでもなく、そんなものはもうあるハズもなかった。

しかしそれについて、お互い言及するような事はなかった。

 

 

 

 

ぼくが彼女に渡した手紙の内容はこうだ。

 

 

まだ会って3回程度で、手紙なんてって自分でも思いますし
正直、こういうものを書くことには慣れていないので、

率直に、

 

あなたの、人の目を見て話す所が好きです。

あなたの、人を尊重する姿勢が好きです。

あなたの、凛とした表情と笑った顔が好きです。

 

あなたのことが、好きです。

 

また会ってください。

 

 

 

 

 

 

続く