ブンブク茶の間

「付き合う前」の、あの感覚が、最高に楽しい。

ぼくは、元気だ。

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今でも、雨が降りしきる深夜の渋谷を歩いていると
思い出すことがある。

あの日は雨が降っていて、コンクリートに染み込んだ雨の匂いが鼻をついた。

 

深夜2時。

 

彼女からは0時頃にあった連絡を最後に、
それから2時間、全く音沙汰が無かった。

内容は

「ごめんね。お客さんに捕まっちゃって、これから少し付き合わないといけないから、
 終わったらまた連絡するね。」

というものだった。

 

とある会員制高級クラブでホステスをしていた。
取引先との接待で、先方のお偉いが通い詰めるクラブだった。

当時24歳だったぼくは、その取引先の広告の担当営業として仕事をしていた。

そこで、先方の担当から「ちょっといいお店あるんで行きましょうよ。」
と話を頂いたのだった。

 

お店に入った瞬間の
あの異様な空気、高級感、華やかな女性たち、その店の全ての空気に一瞬でのまれ、
圧倒されていた。後にも先にも、ここまで自分と「住む世界が違う」
と感じた場所は、他には無かった。

 

「君、こんな所来ないだろう。
 今日は仕事を忘れて、楽しんでごらんよ。綺麗な女の人と話をするっていうのは
 男にとっては大事な時間だよ。」

40を少し越えた取引先の彼は、圧倒されるぼくを気にして、
そんな言葉をかけてくれた。

 

どんな話をしたのか、ほとんど覚えていない。
しかし、先輩に誘われて行くようなキャバクラなどとは、
失礼ながら、当然ながら
女性のレベルが圧倒的に違った。

なんというか、とにかく全てが上品だった。

女性の話し方や、姿勢、佇まい。
システムが違うのだろうか、
こちらにお酒をせがむこともなかった(ぼくが若くてお金がないということを知ってか、取引先の配慮か…)

そこで、取引先が
「こんなにキレイな人が沢山いるんだし、せっかくだから
 連絡先を聴いて帰りなよ。」

と言うので、
ぼくはその中でも、一番タイプな女性の連絡先を聴いた。

同時に、他の女性数人が「あっ、私にも教えてください。」
と声をかけてきた。

リップサービスなのであろうが、
本当に男性を喜ばせる技術というのが行き届いているなぁと感じた。

 

***

 

そこで連絡先を聴いた彼女と、
今日は待ち合わせをしていた。

年齢は当時37歳。とても37歳には見えず、
一青窈柴咲コウを足して2で割ったような容姿をしていた。

仕事が終わるのがだいたい23時~0時。
その後、お客さんから「アフター」の誘いがあり、
2時頃には終わる。とのことだった。

 

ぼくは渋谷のスクランブル交差点を見渡せるスターバックス
本を読んで待っていたが、文字を追うぼくの目とは裏腹に
その言葉ひとつひとつは全く頭に入ってこなかった。

何を話したらいいのか、どんな顔をすればいいのか、
考えても答えの出ないことを、ひたすら考え、また活字に目を落とし、
数行も読まないまま、顔を挙げて考える。その繰り返しだった。

窓の外は雨が降りしきっていて、この時間にも関わらず、多くのビニール傘が
交差点を行き交っていた。

 

***

 

その日、結局彼女から連絡が返ってきたのは
朝方の4時を回ってからだった。

 

「ごめんね。思ったより長引いちゃって、
 どこかで埋め合わせさせてくれないかな…。
 今どこにいるの?」

 

「いえ。大丈夫ですよ!
 今、友達と渋谷で呑んでいる所です!
 また、時間合わせて会いましょう!」

 

嘘をついた。

とても、1人で待っているとは言えなかった。

 

 

今でも、雨の日の深夜の渋谷は、あの時のことを思い出す。

そして
今でも、彼女からは時々「元気?」と連絡が来る。

 

ぼくは、元気だ。