ブンブク茶の間

「付き合う前」の、あの感覚が、最高に楽しい。

あるデザイナーとの話(2)~水族館のデート~

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映画を観終わったのは、22時を回った頃だった。なんとなく、このまま帰るのも惜しい気がしたので、ぼくは彼女に、もう少し話そうかと提案し、彼女もそれに承諾した。

 簡単な喫茶店を選んで入り、彼女には席取りを頼んだ。ぼくはアイスコーヒーを2つ頼んで、彼女が確保している席に向かった。

こういう時、彼女の性格なのかは分からないが、彼女は"大人しく"待っていた。「大人しく」というのはつまり、スマートフォンなどを見ながら待つ訳ではなく、文字通り大人しく、待っていたのだ。彼女は、右手の人差指の爪の端を、同じ右手の親指で掻きながら、それを眺めていた。

人を待つ時間に、スマートフォンをみることなく、自分の爪ばかり観る彼女が妙に面白かったので、

「なに爪なんて見てんの?」

と声をかけると、彼女は特に笑いもせず、

「あっ、おかえり。」と言い。同時に「ありがとね。」と言った。

 

映画それ自体に関しては、お互いに"想像通り"な映画だったようで、これといった感想はなかった。だから、そのままお互いの話をすることにした。

高校時代に何部だったのか。どんな音楽が好きなのか。今までどんな人と付き合ってきたのか。どういう人を好きになるのか。

 

彼女のテンションは起伏が少なく落ち着いていて、ぼくの若干の冗談については「ふふ」と少しだけ笑う程度だった。

小一時間程度話をした所で、彼女は

「あっ、私そろそろ帰らないと。」と言うので、そのまま駅に送った。

渋谷駅の東横線副都心線の分岐点で、彼女は

「今日は急に誘ったのにありがとうね。思ったより、好青年で良かったぞ。」

と言った。

 

「なんだよそれ。上から過ぎるな。」

 

「ふふ。また遊ぼうね。」

 

「それ、もう遊ばない女の子が言う常套句だから。おれ、次の予定決めない女の子のこと、信用しないことにしてるから。」

 

「なにそれ。どんだけひどい目にあってんの?」

 

かなりひどい目にはあっている。

 

「兎に角、次いつ会うか決めようよ。」

 

「分かったよ。でもちょっとまだ分かんないから、また後でLINEするね。」

 

「じゃあ、連絡待ってるわ。今日はありがとね。」

 

「こちらこそー!じゃあ、行くね!」

 

彼女は、別れ際、元気よくそう言って、駅のホームに続く階段を降りて行った。途中何度か振り返って、胸の辺りで小さく手を振って、それをニヤニヤしながら3回繰り返していた。

見えなくなるタイミングでぼくは彼女に手を振ってから、追い払うようなジェスチャーをした。それを見た彼女は、くしゃっとした笑顔を見せて、それから小さく頭を下げて、見えなくなった。

 

こうして、最初のデートは終わった。

 

***

 

 

丸1日が経った頃、彼女からLINEが届いた。

「昨日はありがとね!普通の人で良かったー(笑) 予定見たよ。◯日だったら空いてるけど、どうかな?」

 

それっきりになると思っていたぼくは、内心安心していて「いいよ。◯日空いてるよ。」とだけ返した。

彼女からすぐに

「どこ行く?何する?」と来た。

 

「お互いに最近行ったことの無いデートスポット行こう。そういえばおれ、社会人になって水族館って行ったことない。」

 

「私もない。水族館って、行った記憶がない。」

 

「じゃあ、行こう。水族館。」

 

「分かった!水族館!」

 

早々に彼女は水族館デートを承諾し、ぼくらは品川にある水族館に行くことにした。

 

***

当日は雨だった。
品川駅で、彼女と待ち合わせをした。

地下鉄で渋谷まで出て、山手線に乗り換え、品川駅に向かった。

新幹線でどこかへ行くのだろう。渋谷駅から乗った山手線は、品川駅に到着する頃には、大きなスーツケースを引きずる人達が増え、品川駅に到着した途端、彼らは一斉に電車から吐き出されるようにして飛び出した。駅構内の彼女との待ち合わせ場所に向かう途中、スマートフォンに夢中になる男性が、スーツケースを持った若い女性とぶつかりそうになっていた。

 

ぼくは、渋谷駅に向かう途中で、約束の時間を10分程過ぎることが分かっていたので、彼女にはその旨を伝えていた。

 

彼女に伝えたとおり、ぼくはきっかり10分遅れて、待ち合わせ場所に向かった。少し離れた所から、彼女が見えた。

 

彼女はとくに何をするでもなく、ただただ待ち合わせ場所に立っていた。
よく似合うmarimekkoの可愛らしい折りたたみ傘を、右の手首にぶら下げて、ぼんやりとぼくを待っていた。

 

「ごめん。遅れました。」

 

「うわ。おそーい。雨なのにこんなに人を待たせていいのー?」
彼女は笑いもせずそんな事を言うので、本気で言っているのか一瞬不安になった。

 

「ごめん。電車が混んでて…。」

 

「意味わかんない。普通、道が混んでて、でしょ。電車だから道混まないし!」彼女は薄く笑ってから「もう、いいから、水族館行こうよ!」と言った。

 

雨の中、ぼくはなんと傘を持っておらず、水族館への道中、彼女の可愛らしいmarimekkoの小さな折りたたみ傘に入れてもらった。

 

「遅刻するし、傘も無いってどういうことさ。」

 

「ごめん。道が混んでて…。」

 

傘に入れてもらったぼくがそう言ってふざけると、彼女は怒って傘をぐいと自分の方に引き寄せて、ぼくは雨にさらされた。

 

「ごめん!マジ!傘持ちます!」

 

そんなやり取りをしながら、僕らは水族館に到着した。

 

水族館で、魚を眺めながらぼくらはいつから水族館に来ていないかを話して、その流れで小学校時代の話をした。そこから初恋の話になり、初めて付き合った人の話になり、
最終的に、最後に付き合っていたのはいつか?という話になった。

ちょうどそのタイミングで、水族館の順路は終わりに近づいたため、ぼくらはイルカショーのイベントが行われる会場に向かい、席を確保した。

「何か飲む?」ぼくは彼女にそう聞いた。


「え?あ、じゃあコーヒーにしよっかな。」

 

「ポップコーンもあるけど?」

 

「あ、じゃあポップコーンも。」

 

「塩とキャラメルどっち?」

 

「え?君はどっち? あっ、待ってせーので言お!

 せーのっ!」

 

「キャラメル!」「塩!」

 

見事に分かれた。

 

「はは!君、塩なの!?じゃあ塩でいいよ!」

 

「いいよ。キャラメルで。買って来るからここで待ってて。」

 

くだらないやり取りと、コロコロと変わる彼女の表情が可愛らしくて、ぼくはなんとなく、このデートが、そしてこの女の子と一緒にいることが、心地良いと思いはじめていた。

そんなやり取りをし、ぼくはコーヒーを2つとキャラメル味のポップコーンを買って、席に戻った。

 

「ありがとー!」

 

「そういえば、さっきの続き。最後に彼氏いたのっていつくらい?」

 

「え?あ、うーん。」

 

「え、3年以上いない!とか言わないよね。」

 

「言わないよ!」と少し笑い、「実はね。わたし」

 

 

 

 

「同棲してるんだよね。彼と。今。」

 

 

同時に、イルカショー開始の直前の合図で、元気の良い女性のアナウンスが流れた。

 

「最前列のお客様はもちろん、4列目までのお客様は、ずぶ濡れになる可能性があります!ずぶ濡れになる可能性があります!それでも良い!ずぶ濡れになっても良い!というお客様だけ、お座りください!」

 

数えてみると、ぼくらは4列目に座っていた。

 

【ずぶ濡れになっても良い】と、了承した人が座る、ギリギリの席だった。