ブンブク茶の間

「付き合う前」の、あの感覚が、最高に楽しい。

真っ白が好きという話

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昔から、日記みたいなものをつけるのが好きだった。

 

最初は、担任の先生にその日あったことを報告するような内容で「めんどうくさいなぁ」と思って書いていた。ある程度書いて、ノートが1冊終わり、さて新しいノートだ。と、最初のページを開いて最初の一文字を書き始めるとき、得も言われぬ快感があったのを覚えている。その快感を早く味わいたいと思い、くだらないことでも良いのでとにかく沢山の日記を書くことにした。

小学校3年生か4年生の頃には、担任の先生が変わり、そういった提出物もなくなった。しかしぼくは、あの「新しいノートに書き始める」という快感が忘れられず、自分で絵日記を書いて、誰に見せる訳でもないのに、毎日その絵日記を書いていた。

中学生になった頃には、サッカー部に入部し、日記は書かなくなっていて、替わりに「サッカーノート」を毎日書くようになった。高校にあがってからも、サッカーノートを書いていたが、同時になんとなくブログを書き始めていた。大学生になってもブログを書き続けていて、そして、今もこうして何かしら書いている。

ただ、これだけ書き続けていても一向に文章はうまくならないし、自分でも何を伝えたいのかなんて、さっぱり分からない。

ただ、最近ようやく少し思ったことだけれど「書く」という作業は、「自分のことを知る」という行為に他ならないんじゃないかと。頭の中にある、まだ言語化されていないことを、明確に言語化する作業であって、もやもやしていることを吐き出す作業だ。文字にしてみてはじめて「あぁ、自分ってこんなこと思ってたんだ」とか「いや、なんか書きたいことと違うな」という結果が出て来る、そうするともう一度再考したり、うんうん考えながら、しっかりと納得するまで言語化する。そうすると、自分の中身を棚卸しすることができる。

 

これを書いていて分かったことは「新しいノートは楽しい」ということ。これはきっと、新年に目標を立てることが楽しいということに似ているし、新しい手帳を買うこととも同じだ。

どこかで「真っ白からスタートしたい」って思っているんだろう。

考え方によっては、新年まで待たなくなって、日付が変わって「明日から」だって真っ白からスタートすることができるハズだ。

こうやって言語化してようやく「自分が真っ白が好き」という事に気がついた。また書こう。

※サムネイル画像は、ただ可愛らしかったので設定しました。内容とは関係ございません。