ブンブク茶の間

「付き合う前」の、あの感覚が、最高に楽しい。

あるデザイナーとの話(5)終

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 新宿で最も知名度の高そうな満室のラブホテルから出てきた僕らは、次のホテルを探した。さすがのホテル街であったため、次のホテルは幸い(?)空室だった。

アルコールのおかげでお互いにかなり下品になっていた。

しかしある程度歩いたせいで少しずつ酔いが冷めていた。

「絶対に何もしないでね。」

彼女は、部屋に入る前にそう言って念を押した。

 

***

夜中の3時。ぼくらは、同じベッドで仰向けになっていた。

 

彼女が突然、

「水族館と動物園って、どっちが楽しいんだろうね。」と言った。

 

ちょうど12時間ほど前にぼくらは水族館にいた。そこで彼女は、彼と同棲していることを打ち明けた。ぼくがその質問に答えようと「動物園って…」と言いかけたと同時に彼女が

 

「動物園って、動物くさいんだよね。でも、知ってる?脳のニオイをつかさどる部分と、記憶をつかさどる部分って、すごく近くにあってね。昔嗅いだことのあるニオイを嗅ぐと、一緒にその頃の記憶が蘇って懐かしい気持ちになるって。私、動物園のニオイを嗅ぐと、なんか懐かしくなるんだよね。」

彼女の言う、ニオイと記憶の話を頭の中で咀嚼していると、そのまま彼女は続けて

「ねぇ、今度動物園行こうよ。」と言った。

 

「良いよ。でもそれでいうと、今日行った水族館はあんまりニオイもしなかったし、記憶には残らないかもね。」

ぼくがそういうと、彼女は少し不機嫌そうに身体を起こして、ぼくの顔を覗き込んできた。

「なに言ってんの?」と言って、彼女はぼくに近づいてニオイを嗅いだ。

 

「なんかさ。君さ。デラウェアのニオイがする…。」

 

ぼくは彼女の言っている意味が分からなかったので、とりあえず頭を抱き寄せて

「意味が分からない。デラウェアって何?」と言うと、

抱き寄せるぼくを引き剥がして、

「え?デラウェア知らないの?」と言い、枕元から携帯を取り、調べ始めた。

 

「これだよ。食べたことあるでしょ?」

 

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 出典: http://potency.jp/

 

と写真を見せてきた。

 

「ぶどうじゃん。」

 

「そうだけど、これはデラウェアって言うの。大人なら知っといて!」

 

いや、大人でもそんなに知らない。

「分かった。」

 

「香水付けてる?」彼女は、ホテルに入ってからずっと、色んなものに興味がある動物みたいに好奇心が強く、思ったことは脊髄反射的に口にしてしまう人だった。それがなんとなく可愛らしく感じた。

 

「付けてるよ。」

 

「何付けてるの?」

 

「内緒。」

 

「えー。じゃあなんでその香水つけてるの?」

 

「いい香りだから。くさい?」

 

「うーん。分かんない。でもデラウェアは好き。」

 

デラウェアの香水ではないんだけどな。」

 

ぼくがそう言うと、彼女は仰向けの態勢に戻り、

「明日休みだよね。明日起きたらさ、本屋さん行かない?好きな本見せ合おうよ。」

 

「いいよ。でも15時くらいには帰ろうね。俺も予定あるし。というか、一緒に住んでる人は良いの?」

 

「うん。大丈夫。私が帰ってこなくても、何も心配しないから。」

 

彼女はその話しをする瞬間だけ、少しだけ大人しくなった。

ぼくらは全く気付きもしなかった。こういう、なんとなくの未来の話をしている時間が形には残らないけれど、とてもかけがえのない物になっているなんてこと。

 

***

 

10時少し前、チェックアウトの手続きをして、こっそりとラブホテルから出た。

「よかったー。誰にも会わなくて。」彼女はそういって胸を撫で下ろしていたが、そんなことをあからさまに言われるぼくの身にもなって欲しい。

 

「お腹空いたよね。なんか食べようか。何食べたい?」

 

「うん。お腹すいた。何食べたいかなー。何食べたい?」

 

ハンバーガー食べたい。マックじゃないハンバーガー。」

 

「分かる。じゃあモスバーガーが良い!」

 

「調べるよ。…近くにフレッシュネスバーガーあるよ。」

 

「じゃあフレッシュネスバーガーにしよ。」

 

そこからフレッシュネスバーガーで朝昼兼用の食事を取った。彼女はそのお店で「ここにいるカップル、みんなラブホテルの帰りかな?」とニヤニヤとふざけていたのでぼくは無視していた。喜怒哀楽の激しい彼女は、感情を人と共有することに喜びを感じて、それを相手に無視されたとしても「無視しないでよー」と、しつこく食らいついてきた。

 

食事をしてから、本屋に行き、彼女は色んな雑誌に目を落としながら、その中にあるCasa BRUTUSを手に取り、ページをめくった。

「この雑誌、知ってる?」

「知ってるよ。俺ミーハーだから。」

「良いよね。この雑誌。あっ、このイス…知ってる?」

彼女はシンプルで高級感のあるイスの写真を指差し、ぼくに見せた。

 

「えっ、知らない。インテリアなんて、IKEAくらいしか知らない。」

 

「インテリアというか、それはお店じゃん。これは"柳宗理"のデザインしたイス。」

 

「へー。柳宗理って誰?」

 

「すごく有名なデザイナー。覚えておいた方がいいよー。こういう雑誌には結構載ってるし、海外では有名だから。ちなみにこのお父さんは"柳宗悦"っていって、うーん。なんだろ。民芸運動のパイオニア。」

 

「ヤナギソウリ…。」ぼくは携帯で検索した。「この人?」携帯の画面を彼女に見せた。

 

「そうそう。この人。有名なんだよ。」

 

彼女が話すそのデザインにまつわる話それ自体には確かに関心したが、その知識を嫌味なく相手に伝えるそちらの方には頭が上がらなかった。

ぼくも、彼女に好きな雑誌の話。本の話、いつから本が好きで、どんな本が好きかを実物を見せながら話した。

 

しばらく、本屋にいたが、頃合いが来たので、帰ることにした。

 

駅まで彼女を送り、改札で分かれるタイミングで彼女はぼくに

 

「私、別れるよ。」

 

「マジで?6年?7年だっけ?付き合ってんでしょ?」

 

「うん。もういいんだ…。もう、すぐ別れるよ。とりあえず、次は旅行ね。あと動物園。」

 

「分かった。次もデラウェアのニオイさせとくわ。」

 

「うん!じゃあ、またね!」

 

彼女はそういって、改札を抜けて行った。

 

***

 

それから、しばらく彼女との関係は続いた。

旅行もしたし、動物園にもいった。

 

最終的に、どうなったかは。こちらだ。

tutti2501.hatenablog.com

 

***

彼女がぼくに教えた「デラウェア」や「柳宗理」「柳宗悦」他にも色んな事を教えてくれて「男の子なら"marimekko"くらい知っておいた方がいいよ!」などの指摘も受けた。

そうやって、過去に色んな人の記憶や価値観や好きなものを知って、今のぼくがあると思うと、なんだかんだ、今までの色んな人に感謝せざるを得ないし、次はもっと良い恋愛をしよう。と思う。

 

ただ、2017年ももう終わりを迎えようとしているが、いまだに、彼女はできていない。

 

 

あるデザイナーとの話 終